ホッコリ心

今日作ったパスタは何だか最高の出来だ。
じっくりコトコトやったからかな?
「甘みを調整するのは塩加減」
知っちゃいたけどこんなに違いが出るとは驚いた。
ニンニクと唐辛子は弱火で炒めるのがコツなんだな。
たまねぎトマトはざく切りで気長に待つのがいいんだな。
お湯にはタップリ塩入れてアルデンテでさっと引き上げる。
フライパンじゃなじませる程度、バジルをかけて出来上がり。
僕の部屋には月の見えるテーブルがある。
単なる机と言われちゃおしまいだけど秋の風が心地いい食卓。
「ラーメンでも食って帰るか」
コンサートの帰り道、決まって外食コースまっしぐら。
けれど最近変わってきたんだ。
包丁もうまく使えるモンね。
リンゴは一皮で剥けちゃうもんね。
大したことじゃないけれど僕にとっちゃ大したことだ。
鈴虫の声が聞こえる。
もう秋。
夏にこの部屋に越してきて三ヶ月、沢山の経験をした。
川口リリアでのワンマンコンサート。
渋谷クラシックスでのアコースティックライブ。
北海道や岩手、島根に熊本、山梨新潟。
毎日知らない人に僕の歌を聴いてもらう。
涙をこぼす人もいる。
「ありがとう」って何度言えばこの幸せが伝わるんだろう。
月日はあっという間に流れていく。
「今」も懐かしくなる日が来るんだろう。
一年前が懐かしいように。
網戸から吹いてくる優しい風に吹かれてると感傷的になっちまう。
「上手く歌おう」ってあがいてた。
「どうしたら歌が上手くなる?」なんて考えてた。
けどさ、そんなこと問題じゃないんだよね。
会場に来てくれる人全員に家族や友達、恋人がいて待ってる人がいる。
それぞれに頑張ってさ、あがいてさ、悩んでさ。
目を閉じると浮かんでくるんだ色んな風景が。
100人いたなら100の人生。
「ありがとね、来てくれて」
優しい気持になるんです。
歌が歌いたくなるんです。
僕にはこれしかないけれど、どうか聴いてやってくださいって。
そんな気持になるんです。
見栄はいいんだよ、上手く歌おうなんて。
これからいい季節だな、僕の好きな匂いがする季節。
寄り添いあって温めあってホッコリ心が優しくなって。
パスタの次は鳥料理。
少しずつバリエーションを増やしていこう。

シブいリンゴ

僕の部屋にはテレビがない。
というか置く場所がない。
誰かが「ハンカチ王子」の真似をした。
みんなが笑う、僕は???。
なっなっなんと世間とすれ違い!?
ラジオが僕の王国の主役。
ニュースだってちゃんと聞けるもん。
空を見上げながら誰かを想いながら。
しっかーし!「ハンカチ王子」は知らんかったぁ。
無念。
やはりテレビの時代か。
文明の最先端、洗濯機と電子レンジはそろった。
しかし奴にまで手を出す勇気はない。
ベランダに置くか押入れに置くかしかスペースはない。
「はやく大きな部屋に引っ越せるようになりなさい」
僕は今更何のための一人暮らしかを思う。
音楽に没頭するため。
料理ができる男になるため。
事務所へのアクセスを良くするため。
テレビを買うためじゃない。
何か変わりたくて逃げるように家を出た。
まだ未納の家賃。
乾かない洗濯物。
賞味期限切れのタマゴ。
雲間に浮かぶ月明かり。
机に向かう僕の影。
蛇口から滴る雫の音だけがミュージック。
僕は逃げてきたんだ。
何かしらの期待にすがって逃げてきたんだ。
今日のリンゴはやけにシブい。
フォークで刺した所から茶色く変色し始めた。
モシャモシャ噛み砕いてやれ。
まぁ逃げかどうかは今更関係ない。
ラジオかテレビかカラスの鳴き声か。
そんな大した事じゃない。
どう感じてどう動くかだ。
そうだろベイベー。
あぁそんなことより明日には家賃払いこまなぁ。

三食パスタ

「パスタの一味は愛情」
一人暮らしを始めた理由の一つに料理がある。
男だってキッチンに立てなきゃいけない時代さ。
布団をたたんで最近最初にやるのが鍋に水を入れること。
強火で沸かす間にフライパンでニンニクをあぶる。
「♪まかない食べるためだけにバイトに行ってたし・・」
「シェフ」の歌の中にあったように僕はサボり屋だった。
皿洗いしながらチラチラ時計ばかり見ていた。
「早くおわんねーかな・・」
鳴る腹を押さえて漂うパスタの匂いの中働いていた。
時々だがシェフが味見をさせてくれた。
ジェノベーゼ」というパスタが僕の一番の大好物だった。
あれはバジルの緑なのか、パスタにからんだそれが口の中で甘く広がる。
少しの苦味も後味を良くしもう一口食べたいという気にさせた。
「あの味を再現できないだろうか?」
ご飯を炊くのも面倒だった。
パンをかじってるのも何だかもの寂しかった。
握ったフライパンを大きく振る。
ガスコンロにこぼれ落ちるトマトたまねぎベーコン。
舌打ちしながらもアルデンテをとうに過ぎたパスタをザルにあける。
「あ!パスタのゆで汁全部捨てちまった!?」
本に書いてあった重要事項が排水溝に流れていく。
塩加減を調整できぬままパスタを皿に盛る。
多すぎて乗りきらずドンブリに移す。
「なんじゃこりゃ!?」
出来上がったものはとにもかくにもパスタと言う代物ではなかった。
細いうどん。
悔し涙を浮かべながら一人机に座りフォークですする。
なんだか今更バイトの思い出が頭を駆け巡った。
あの頃の自分と今の自分何が変わったんだろう?
今は三食パスタだ。
寝ても覚めても塩加減がチラつく。
ニンニク臭いと人に言われる。
しかし少し料理が好きになった今日この頃。
あのシェフの味にするにはあとどのくらいの愛情が必要なのだろう?

己郷‐こきょう‐

その景色は忘れもしない。
新潟駅前ロータリー。
大型スクリーンに映し出される芸能ニュース。
不規則に並ぶタクシーの波。
晴れ渡る空の下デジャブを味わったように立ち尽くした。
「酔いつぶれた街だ・・」
日本酒を一人で飲んでふらふらになりながらホテルに帰った。
あの日は激しい夕暮れが僕を焦がそうとしていた。
あまりの切なさに押し潰されそうで足が震えた。
ある人を想った。
会いたいとただ思った。
砂漠化してザラつく胸を癒すのは「酒」という逃げ道だった。
弱いくせに手酌でガンガンあおっては脳みそメリーゴーランド。
便所を抱え込むようにして吐いた。
とめどなく溢れる涙は胃酸のせいじゃなかった。
あれから半年、今回は八代さんとこの駅に降り立った。
息を大きく吸うとみるみる時間が巻き戻るよう。
シミったれた僕の情けなさが体にまとわり付いてくる。
街は僕を覚えている。
無視するでもなく待遇するでもなく横目で気にしてくれている。
開く扉、一瞬ためらいタクシーに乗り込む。
ガラス窓の外、あの日の僕が道端に座り込んでいた。

奇跡の大逆転

どれくらい外食せずに暮らせるだろう?
「料理ができるようになりたい!」
意気込んではみたもののやっぱり甘えが出てしまう。
ここは思い切って挑戦してみるべか。
ラソンもそうだった。
「よっしゃ痩せるだけじゃなく長距離走れるようになろう」
過去マラソン大会ビリッケツだった僕は今トライアスロンに挑戦中だ。
奇跡の大逆転はある。
やる気と根気と少しの勇気だ。
沖縄でダイビングに初めてトライしたときのことを思い出す。
ただただ憧れだった世界。
怖さ半分潜った世界は容赦のない美しさが待っていた。
色とりどりの珊瑚や目の前を通り過ぎてゆく魚達。
「ここから産まれてきたんだ・・」
思わず逆さになって海面とも空ともいえない光の洪水を仰いだ。
使用前使用後じゃないけれどその前とその後じゃ世界観が変わっていることがある。
たまにしか訪れないパワーアップ。
自分が生きてきた全てが覆るほどの衝撃体験。
料理とダイビングじゃちょっと違うけど、何か僕の中で変わるかも。
僕はイギリス留学中、自分が英語で話している夢を見た。
起きた瞬間不思議な感触と嬉しさがあった。
あんなふうに夢の中でクッキングしてる僕を見てみたい。
「♪まかない食べるためだけにバイトに行ってたし」
あぁこんなだったら少しはシェフに料理習っときゃよかった。

酔い

俺は殻に閉じこもってばかり。
笑顔で隠した人見知りの素顔。
純粋な人を演じているただの強がりなんだ。
人恋しくて飲みまくって吐いたり。
布団にもぐりこんでダメな自分を呪ったり。
「素直」とは程遠い本当の姿。
久しぶりに今日は人と会った。
焼肉を食べながらベロンベロンニなって語り合った。
音楽について、自分のこれからについて。
酔っ払い同士、大したことでもないけれど涙が出そうになった。
皆おんなじなんだと思った。
逃げたいし怖いし臆病だし。
けどそれに立ち向かってるんだ。
そんなとこに涙腺が緩むんだ。
これって傷の舐めあいなのか?
ちくしょう!まだ酔いが回ってる。
自分で作ったハードルに足がからんでジャンプできない。
「真面目すぎるんだよ慎太郎は」
わかってるよ、一直線にしか物が考えられない俺。
「もっと遊んだほうがいい」
わかってるよ、怖いんだよ結局自分以外のものに触れるのが。
そこにしか答えがないことを知ってるのに逃げてばかりなんだ。
この完ぺき主義者の強情者!!
この焦る気持ちをどうしたら焦らずなだめていけるんだろう?
時間が解決してくれるのか?
それともとことん閉じこもって考えるのか?
来月僕は26歳になる。
「こんなんで良いのか?」
頭の中駆けずり回る毛虫たちが答えを欲しがっている。

やりたいこと

・沖縄でダイビングしたい。
宮古島トライアスロンを完走したい。
紅白歌合戦に出たい。
・自転車旅行をしたい。
・沢山の人に出会いたい。
・料理ができるようになりたい。
・今まで出会った人に手紙を書きたい。
・来月のコンサートを胸に残るものにしたい。
やりたいことこんなにあるじゃん。
どうしたら現実になるか考えてみようよ。
まずは目の前の扉をノックしなきゃ。
いい歌ってのはその「音」のことでしょ。
クヨクヨする暇があるなら人と会って語るんだ。
ダメな自分もいい自分も隠さず全部話すんだ。
一人っきりで全部解決できるもんか。
未来に手をのばせ。