SYOKUJI・食事

遅い昼飯を食っている。
風が心地いい一人暮らしのアパートで。
曇り空の下、動かない建物の群れ。
窓の外にはいつもの静かな街が広がっている。
冷麺をすする。
タレも麺もセットになっているやつで10分程で完成。
味は悪くないがやはり一人っきりってことで何故か美味しくない。
「食事」と「食べる」ということ。
やはり誰かと顔を見ながら「食べる」ことが「食事」で、一人こうして麺をすするのは「食事」じゃない気がする。
学校の下校時間なんだろうか子供の声がアパートの横を通り過ぎていく。
イギリスに留学していた頃のことを思い出した。
両親が二ヶ月に一度送ってくれたダンボール入りのプレゼント。
中にはトレーナーや日本のCD、そして手紙やお菓子が入っていた。
日本にいればたわいもない物の数々だけれどあっちでは喉から手が出るほど欲しかったものだった。
ある日胸を膨らませ待っていたプレゼントが届いた。
インスタントラーメン。
イギリスでは毎朝決まったメニューを食べた。
コーンフレークにジャムをつけて食べるトースト、そしてミルク。
ホームステイ先の家族によって食事や暮らしの当たりハズレがあるという。
今でも僕は当たりだったのかハズレだったのかわからない。
昼は学校の給食。
毎日違うメニューだったのでこの食事時間が僕にとっては生きがいだった。
夜は夕方五時くらいの早い食事。
一皿に盛られたグリーンピースや豆、イモや肉。
時たま固い米にインド風のカレーがかけられ「カレーライス」もどきが出されることもあった。
イギリス留学中何も食事での思い出はない。
ただプレゼントで贈られてきたキャラメルコーンを口に入れたとき涙が出たことだけ。
「日本にはこんな美味しいものがあったんだ・・」
舌は環境に慣れる。
イギリスに長くいると何が美味いかまずいかあまり考えなくなる。
味にバリエーションがないからだ。
ダンボールのプレゼントが宝箱のように見えたのはそんな環境のせいもあったろう。
ホストマザーに届いたインスタントラーメンを見せる。
ファミリーは物珍しげな顔でそれを見た。
「食うか?」と尋ねると首を横に振った。
しょうがなくキッチンを借りてお湯を沸かし始めた。
麺が茹で上がったとき大きな忘れ物をしていたことに気付く。
ドンブリがない。
あと箸もないことに気付くがもう後には引けなかった。
ホストマザーが指さしたのは透明なボールだった。
しかたなく汁と麺をそれに入れた。
それは何とも得体の知れないものに見えた。
茶色の液体に垣間見える黄色い物体。
決してこれは「ラーメン」と呼べるものではなかった。
遠巻きに見入るホストファミリー。
フォークを握り締め音も立てずに口に運ぶそれは味のしないただの行為に思えた。
日本を想った。
今僕はそんな同じような寂しさを共に冷麺を食っている。
なまぬるい風が僕の頬を撫で通り過ぎていった。
大きなペットボトルを口飲みし音を立てて冷蔵庫を閉める。
「食事」がしたい、そう思った。

甘みは塩で

やはり4000人の圧力はすごい。
ステージ上からは逆光で客席は見えない。
圧倒的な眼力の壁。
今日は八代さんと横浜パシフィコでのコンサート。
ワンインレッドの布で覆われた高級感漂うイスはすべて満席。
遠くから見えるようステージの脇には大きなモニターまで設置されていた。
久々の緊張感切迫感興奮ドキドキ。
声は確かに届いたはず、だって大切に歌ったもん。
最近歌を「愛しく」想うことが胸にある。
やっぱり生身の人間がやることだ「気持しだい」そうだろ?
打ち上げもかねてスタッフの方と寿司屋に行った。
「ふぁーふまい」
ほおばる口から幸せがこぼれる。
寿司は大の好物。
目を閉じ味が口に広がるのを確かめて飲み込む。
極上ならば首まで振る、まるでジャズを聴くオヤジのように。
「塩で食べてみな」
社長が勧めるなら間違いはない。
僕の目がドカッと開いた。
トロの甘みが何倍にも膨れ上がったのだ。
醤油じゃ味わえないこの感じ。
その後のネタの大半は塩でいったことは言うまでもない。
「今の若い者は・・と言う奴に限って大人のフリをしてる奴が多い」
話はいろいろ巡り現在の若者論が飛び交った。
電車の中席をゆずる者ゆずらぬ者、いつの世も悪い奴らだけではないと盛り上がる。
僕の場合を想った。
基本的に恥ずかしくて無言で立ち上がり違う車両に移動する。
しかし思った人と違う人がその席に座るパターンもなきにしもあらず。
「どうぞお座りください」
優しさをなぜ恥じるんだろう?
僕は寝たフリを何回もしたこともある。
胸の葛藤の末「絶対ゆずらないぞ」と変な強情を張ることもある。
こんな時だけ偽善者ぶる自分が許せないんだろう。
もっとシンプルになりたい。
人の目なんか気にせず優しくありたい。
ガリ素手でつまみながらそんなことを思った。
それにしても寿司うますぎ。
こんな時だけ大食い選手権、ごちそうさまでした。

のっけて食べる

帰ってきたら部屋の中がキムチ臭い。
冷蔵庫を開けるとそこにはパンパンに膨れ上がった袋が。
済州島で買ってきた土産のキムチが醗酵しすぎたらしい。
まるでラグビーボール
窓を全開、汗ばんでなかなか脱げないシャツ。
疲れた体をイスに沈めた。
盛岡は曇りだった。
コカコーラ模様のトラック。
荷台を舞台にして繰り広げられたアコースティックイベント。
「よくこんなところに作ったな・・」
ここは岩手山の頂上。
目の前に広がる競馬場を眺め無限に広がる空に声を放つ。
30分ほどのライブを終え新幹線に乗り込んだ。
あれ?盛岡にいた時間より移動時間の方が長くない・・か?
それはいいとして昼に食べた冷麺(盛岡名物)が美味しかったな。
「ただいま」
重たい荷物、返事が返ってこない部屋。
キムチの臭いだけが優しく僕を迎えた。
窒息しそうな部屋、冷麺の宅急便が届くまでの辛抱だ。

黄色いクマさんの弁当箱

3日間の5公演。
山梨県民ホールでの八代さんとのコンサート。
最終日はやっぱりちょい寂しい。
ふと楽屋の前をフラッとすれば昼の弁当が目に飛び込んでくる。
「今日の中身はなんじゃらほい?」
遠足ではよく母ちゃんに弁当を作ってもらった。
オニギリはいつも海苔が別にしてある。
パリパリ感を味わう為だ。
黄色いクマさんの弁当箱、蓋を開ける瞬間がたまらなく楽しみだった。
から揚げウィンナーサンドウィッチ。
いつも残すのがいやで米粒一粒も持って帰らなかった。
この年になってまた「弁当」というものにお世話になるとは。
お腹の辺りをさすってみる。
最近毎日のように走りこんでいるから少し痩せたかな?
カロリーが高いといわれる弁当とにらめっこ。
栄養の為にも箸をつけないわけにはいかんだろ。
神様に謝る。
「ごめんなさい御飯残します」
残さずきれいに食べなさいと言われ育った。
食べ過ぎてプクプク太った。
先生に注意された。
「この子は肥満児です」
母ちゃんは怒った。
「この子は全部筋肉です!」
日本の食生活、残飯が山のようにゴミに出されるという。
今でも途中で箸を置けば心が痛む。
許容量をとうに過ぎても出され続ける皿、皿、皿。
僕はどう感じていけばいいんだろう?
どれだけ神様に謝ればいいんだろう?
黄色いクマさんの弁当箱。
開ける瞬間が一番幸せだった。

僕には羽がある

なかなか寝付けないのは興奮のせい。
下半身が疼くわけじゃない。
ましてや上半身が疼くわけでもなし。
そう胸の辺りがノックされてるみたいにドキドキしてる。
目の前に並ぶ未来の可能性。
閉ざされたドアを開けるキーは僕の手の中。
闇が割れ光の血脈が大地に根をはる。
忘れ去られた呪文を唱えよう。
「希望」
悪魔は自分自身が作り上げた幻想。
ならば神や幸福は誰かを想う祈り。
風が吹かなければ歩いて風を感じればいい。
抱きしめられたいならその手で誰かを抱きしめればいい。
動き出す時だ。
ゆっくりゆっくり車輪が回る。
鉄の塊のあの機関車だってスコップに盛られた石炭から始まる。
地球という星にたとえたらあの石炭は何にたとえられる?
「優しさ」か「愛」かそれとも「情熱」か?
世界を変えてみせよう。
生まれた奇跡に比べりゃ何ぼのもんじゃい。
虫かごで飼われたバッタのように跳ぶことを忘れただけさ。
きっと僕らには羽がある。
「あきらめ」に蓋をされた虫かごにいつからか飼いならされて。
消えてしまったんだ色を無くしてしまったんだ僕らの羽。
どうかあきらめないで、どうか信じ続けてください。
僕には羽がある。

いいなぁ

早く寝るのが一番。
あんまり深く考えないで。
自分自身を愛せるように。
今日も楽しく生きれるように。
隣の人が困っていたらそっと手を差し伸べて。
遠くの人が困っていたら優しい気持で祈ってあげる。
そんな人間に私は少しでも近づきたい。
焦ってばかりじゃ始まらんだろう。
太陽が昇れば「おはよう」
太陽が沈めば「おやすみ」
当たり前をかみ締めて。
当たり前に涙できるよう。
「ありがとう」をいつも胸にいられたら。
いいなぁ。

夏の残骸

なんだか「悲しみの匂い」みたいなもんが夏の夕暮れには含まれている。
昼間かっらグダグダ眠ってまた舌打ちするんだろう「クソッ」って。
窓からの風を胸いっぱい吸い込むとなぜか子供の頃の記憶に包まれる。
帰ってこない母親を待つ自分が部屋で一人でいる風景。
包丁のような切なさが滑り込んで僕の体を音も立てずに切り刻んだ。
僕は一人っ子だから一人でいるのになれているのか?
こんな日は外に友達と普通繰り出すものなのか?
友達があまりいない僕にはわからない。
タバコは肺まで吸い込まない喉がやられるから。
中途半端な紛らし方だ、夏の夕暮れは嫌い。
最近上手く笑えてない気がする。
まるで喉に小骨が突き刺さって抜けないみたいに。
心のバネが軋んでる。
「下手くそに笑うピエロさんいつか風船が割れるのを待ってる」
さっきから水道の締めが甘かったんだろう、落ちる雫の音がうるさい。
通り過ぎるスクーターも遠くから聞こえるトランペットの音も蝉の鳴き声も。
夏が乾いていくようにポロポロこぼれていく。
吹き込む風がその残骸を部屋の端へ端へ追いやってホコリのように溜まる。
部屋の中だけじゃない。
街のあちらこちらに黙ったまんま夏の残骸が揺れている。
電線に絡まってたりカラスについばまれたり排水溝の中に落ちたり。
削られていく記憶の中で今の僕はどんな形で消えていくんだろう。
明日にはいない今の僕を特別扱いできるほど過去の自分も覚えちゃいない。