この街をスプーンでえぐりとって

何だかわくわくが胸の内を駆けずり回っている。
それもこれも久々の路上ライブによるもの。
決して本格的にではなかったけど一年?いやもっと長い間押さえ込まれていた感情が溢れた。
岡山の倉敷と言う場所に行った。
夜の美観地区へ足を運ぶ。
普通は昼間行く場所の観光スポットだがそれはご愛嬌。
提灯に照らされた古びた町並みが鼻に懐かしい香りを運んだ。
スタッフとの解散後、僕は一人倉敷駅前へ。
いかがわしいネオンを横目に耳をくすぐる何かの方へ足を進めた。
そうそこには路上ライブ。
二組の歌い手がギターを抱え歌っていた。
一瞬ドキッ!
なんと女の子が松山千春さんの「恋」を熱唱してるではないか。
いったん通り過ぎる僕。
ここには恥ずかしさと後ろめたさが交差していたのだ。
「僕はもうプロだ」
つまらないプライド、カッコ付けだけのつっぱり。
僕はごまかしながらも自動販売機の前に腰掛ける。
彼女にボソリ「オリジナルって歌うの?」
彼女のオリジナルは力があった。
どこにも存在しない彼女のメロディーそして言葉。
僕はここで初めて知ったのだ。
「カバーは所詮カバー、オリジナルってスゲー!」
はたから見るからこそわかることもあるんだな。
上手い下手を通り越した「表現」って世界がそこには存在する。
「あ〜俺もオリジナル歌わなきゃ・・」
あたりまえのことを当たり前のように理解。
ピカーン!
僕の頭にランプ点灯、足はホテルに直行。
ルームキーをせわしなく差し込み背負ったのはマイギター。
「うおー俺も歌うぞー」
高鳴る鼓動が足を速める。
さっきまでの女の子は帰っちまったらしく、その位置に座り込む。
いや、座り込むまでに若干のためらいあり。
いやメチャクチャのためらいあり!
なんてったって僕を知ってる人はゼロ!
しょうがなく胸のドキドキに体を預けてギターケースを広げる。
チューニング、目線が気になる、誰も見ちゃいないのに。
ピックを探す、あせる、誰も待っちゃいないのに。
この孤独はなんだ?緊張は何だ?この不安感は何だ?
闇の中腰をすえ向かいの自動販売機にむけ声を発した。
思ったように出ない。
情けないことに僕は羞恥心を隠せなかった。
なんと僕は無力な、なんと僕はおごり高ぶっていたんだろう。
マイクもなけりゃ歌えねーのか?
お客さんは最初っからいるもんだと思ってたか?
当たり前にそんな歌は風にも乗らず誰の胸にも届かない。
「ぐぉぉぉー!!!」
マグマのような激しい何かが口から吐き出しそうだった。
悔しさか、それとももう一人の自分が身を乗り出してきたのか。
路上は過酷だ。
真剣勝負しなきゃ何も意味がない。
僕はケツの下にムズムズと怒りがこみ上げてくるのを感じた。
なんて俺は最低なんだ!
一曲、二曲と進むほど何か吹っ切れるようになる。
相変わらず自動販売機だけが僕の観客。
ニ、三十分だろうか、喉がイカれるのを感じて退散。
ホテルで上手く眠れなかった。
それは興奮。
確実に体に感じた次なる、いや人生をかけて挑むべき相手を見つけた興奮。
地べたから見た景色は違うんだ。
ステージから見える景色とは比べ物にならない現実のカオス。
喜怒哀楽じゃ表現できないような凄まじい臭気と混沌。
下水道の中を流れる快楽や幸福があり、笑顔の裏の卑屈や悲しみが肌を刺すのだ。
「この街この空気のスプーン一杯でもいい、えぐりとって歌にしなくちゃならない」
僕は思うんです。
爪先立ちの歌はもうお腹いっぱいだよ。
電信柱にゲロしそうなほど偽りの幸福はいらない。
真実を歌いたいじゃないか。
路上に響き渡る真実の歌をもう一度、いや初めてかもしれない僕は歌いたい。
街を見ろ、こんなに沢山の笑い声の裏に「死んでしまいたい」と涙を浮かべてる。
はしゃぐ女の子の声、目をつぶれば悲鳴に聞こえてくるのはなぜだろう?
真実の歌を。