バス

バスを降りるとき「ありがとうございました」とその子は言った。
雨が降る街はドンヨリ重たいネズミ色。
天井からは運転手さんの鼻息がマイクを通して聞こえてくる。
静けさを掻き分ける大きなワイパー。
ギターを持った僕は頬杖をついてその子を見ていた。
黙々と小銭を投げて降りていく人たち。
パッと花が咲くように綺麗な傘を広げ歩いていく。
「いつからからだろうアリガトウって言えなくなったのは?」
空気が抜けるような音を立ててドアは閉まった。
ポケットの中汗ばんだ3枚の硬貨。
いつもの街は少し冷たい顔をして通り過ぎてゆく。
点灯する赤いボタン。
僕は運転席の横にへばりつき斜め上の鏡をのぞいた。
「変な顔・・」
近づく停留所、小さなため息。
握り締めた3枚の硬貨を投げ僕は聞こえないように「ありがとう」と言った。
遠ざかるバスと降りしきる雨。
行き交う車は紙を破いたような音を立てて水溜りを踏んづけていく。
ズボンの裾が濡れぬようつま先立ちで歩く。
家まで2分、ギターケースを伝う雫をずっと見ていた。