空っぽの冷蔵庫

1人暮らしを初めて約一週間がたつ。
柔軟剤を入れすぎた洗濯機や何も入ってない冷蔵庫。
窓から見える満月にさみしさを映し出してみる。
新しいマラソンコースを見つけた。
山手線が追い越していく坂道を登り都会のネオンに呑まれる。
汗だくのTシャツはあいかわらず僕を孤独でくるんだ。
「勝負しような・・」
あれは2週間前、松山千春さんと大阪でお会いした。
大阪城ホール8千人の会場を2Days満員御礼。
衰えぬ人気と歌の魅力に酔いしれた。
小さい頃から僕と千春さんは切っても切り離せない運命を感じている。
同じデビュー日、同じレコードメーカー、同じシンガーソングライター。
親の車の中で初めて触れた千春さんの声は幼稚園児の僕を虜にするには十分の魔力を持っていた。
「あれかけて!」
車に乗るたびせがむ僕に親は呆れていた。
バイト先、サボることしか頭になかった僕にシェフがこう言った。
「慎太郎、皿洗いながらでも歌え!」
千春さんの歌はシェフの十八番、僕はコックコート姿の歌手になった。
デビューは突然訪れた。
シェフの為に作った歌「シェフ」が八代亜紀さんに見初められる。
「♪慎太郎〜いつものいつものやつ歌ってくれ」
そう、それは紛れもない千春さんの歌を熱唱する僕の姿。
奇跡はこれで終わらない。
千春さんがデビューするきっかけとなったSTVラジオ。
僕が北海道で一人語りラジオを初めてトライすることになった時、とうとう本人に会ってしまったのだ。
オーラは目に見えないけれどサーモグラフィーだったら確実にメラメラきていた千春さんの空気。
一言も思ったことを喋れず終わった。
そして二度目のご対面。
コンサートが終わった楽屋はシーンと静まり返り、千春さんが来る目に見えぬ圧力に全員押されていた。
スーツ姿の千春さんが来た。
僕はパイプ椅子に押し付けられたように腰が動かなくなった。
居場所がない。
他のお客さん達は写真を撮ったりサインをもらったりしている。
僕もほしい。
ほしいけれどダメだ。
僕は今日、ファンとしてここに来たわけじゃないんだ。
静まり返る楽屋、千春さんがタバコに火をつけ黙る。
僕の目の前に僕の人生を大きく変えた人がいる。
今話さなきゃいつ言えるんだ。
「千春さん!」
首から下は震えていた。
目を真っ赤にした僕は笑いもせずに勢いだけでこう言った。
「千春さんの歌になぜここまで影響を受けてきたか今日わかったんです」
今にもこぼれそうな目の雫。
「千春さんの歌や話には真実が見えるんです」
タバコをもみ消し照れ笑いしていた千春さんが瞬間、僕の目をジッと見つめた。
「勝負しような」
世界が音も立てずに揺れ動いた。
心の奥を鈍器で殴られたような鈍い衝撃。
「はい!」
千春さんは立ち上がり、僕の手を握ってくれた。
同じミュージシャンとして「いいものを互い作っていこう」という約束。
千春さんの一言には僕に音楽を続けさせるに十分な説得力を持っていた。
「いいんだこのままで・・」
いたるところで今、あの言葉がよみがえってくる。
一曲一曲大切に歌おう、まだまだこんなもんじゃない。
見えない自分が今楽しすぎて仕方がない。
1人暮らしの窓からは、一人ぼっちの月が見える。
この寂しさは決して悪くない、始まりの孤独だ。
また何かが動き出そうとしている、風が心地よい。
空っぽの冷蔵庫、何を詰め込むか考えながらまだ見ぬ未来を想う。
新しいメロディー、この街が何かヒントをくれそうだ。