新しい町

月が綺麗過ぎると儚さが薫る。
橋の上、走りながらダイヤのように並ぶヘッドライトを見た。
「これからの僕はどこに行くんだろう?」
入梅のニュースを聞いて窓の外、昨日から降り続く雨。
僕は今日、地下鉄に乗って1人暮らしをするための家を探しに行った。
「家を出ようと思うんだ」
ずっと胸の内で温めていた想いを親に告げる。
もちろん今の環境が悪いからではない。
自分の中の何かを変えたい、ただそれだけのことだ。
過去にも家を出たことはあったが若さゆえにとんでもない過ちを犯した。
親には家に戻ることを命ぜられデビューした今もなお実家住まいだ。
「25にもなって実家!?」
甘えだとわかっている。
音楽をやるにしろお金の面にしろ恵まれすぎていることはわかっている。
1人暮らしになりいい曲ができるとは限らない。
何が僕を動かしているのか?
それは目に見えない衝動。
マイナスかもしれないけどプラスかもしれない。
逃げかもしれないし攻撃かもしれない。
「慎太郎は追い詰められると逃げる」
母親に1人暮らしを告げると言われた言葉だ。
その通りだろう、毎回毎回苦しいと違うものに目をやって直視しない。
気晴らしとかそういったことじゃなく逃げ。
今回もそうなのか?
不動産屋のおばさんにデビューの門出なんだと告げると。
「いい花道になるような場所がいいね」と間取りを見せてくれた。
その町は少し古びた商店街がある。
わき道に入れば猫が昼寝をしてそうなゆっくりな時間がある。
僕の新しい町。
夜、走りながら月を見た。
激しく主張する銀色の光。
あまりのまばゆさに涙が出た。
それはたぶんこれからの不安と希望とさみしさの雫。
気持が弱っているとき人は美しいものに感動する。
満ち足りた生活には感じない弱さを僕は手にしたい。