歌少年

歌うことが好きだ。
何も考えないで無重力になる。
「何で歌っているの?」
聞かれても「好きだから」としか言えない。
なぜ僕はエレキギターじゃなくフォークギターを握ったんだろ?
あれは中学二年、「XJapan」が全盛期だった頃。
やはり憧れはメンバーの一人「Hide(ヒデ)」だった。
赤い髪に怪しげなスタイル、そして抜群のギターテクニック。
毎年年末の東京ドームのコンサートは解散するまで通いつめた。
高校に入り先輩にギターを習うことになる。
「速弾きって言ってな、一秒間に弦を8回弾くんだよ」
信じ込んだ僕がバカだった。
毎日のように一本の弦をひたすら擦り続けた。
母ちゃんは呆れて「何やってんの?」と布団を叩きながら。
それでもギター少年の夢は熱く、憧れに近づくために日々練習した。
それから一年、速弾きを諦め簡単なコード弾きという奏法に意識を変えた。
C,Am,F,G、音楽室の片隅で、放課後の教室で、それこそ中庭で練習した。
「F」というコードがなかなか上手く鳴らなくて諦めたときもあった。
一ヶ月間ギターは押入れに眠った。
「ヒデだって最初っから上手かったわけじゃないもんな」
もう一度トライしたのはそんなことをふと思ったときだった。
それからの僕は曲を作ったり人前で歌ったり。
夢を見始めたのはその頃だった。
「歌は先生に習ってたの?」
よくこの質問をされる、しかし答えはNoだ。
けれど実は僕は中学、高校とコーラス部にいた。
初め入学したときはテニス部に入っていた。
玉拾いに明け暮れる毎日、放課後の校舎から女子の歌声が風に乗って聴こえてきた。
知らず知らず引き付けられていった僕はある日担任にこう言った。
「歌が僕を呼んでるんです」
次の日から女子20人、男1人のコーラス部に入部する。
あの時ばかりはバレンタインチョコに困ることはなかった。
しかし正直恥ずかしさもあった。
「男なのにコーラス部・・」
そんな視線を上手く避けながら、ごまかしながら放課後の夕日に歌い続けた。
ある日コーラス部の大会に参加する事になる。
忘れもしない「川口リリア音楽ホール」。
そう、僕が去年12月初ソロコンサートを行った場所。
大会の当日緊張で会場はだだっ広く思え、他の校の歌がメチャクチャ上手く聴こえた。
やはり結果は落選だった。
しかしあの日があったからこそ僕は12月のリリアが感動だった。
夢の始まりの地、そして新たなる夢の始まりの場所。
今度は7月にリリアの大ホールでのコンサートが決まった。
こんなに早く「大」の方へ行けるなんて思っても見なかった。
ただただ歌が好きでここまで来た。
理由なんて全部後から考えたやつだ。
バカが付くほどの歌少年は時を経てもやっぱり歌少年なんだ。
最近曲を作っていると思う。
「幸せ者だよお前の悩みは」
人を元気にできたり勇気を与える仕事ってこの世に数えるほどしかない。
あったとしても歌ほどわかりやすいものはない。
自分で言うのもなんだけれど、天職だと思っている。
僕は歌手になるために生まれてきたとそう信じている。
僕より歌が上手い人は何人もいるだろう。
僕よりいい曲が書ける人は何人もいるだろう。
けど僕ほど歌が好きな人は何人いるだろう。
愛しくて愛しくてたまらない。
ずっとあの頃のまま、そう歌少年でい続けたい。