夕日の少年

僕はその少年を抱きしめた。
「ありがとな・・」
札幌、苫小牧と北海道計4箇所のインストアーライブ。
デビューして以来一番のいい経験をした。
初ともいえるアウェー戦、意気込みは十分だった。
「北海道をアッと言わせてやる」
演奏後、マジックを握り締めサインを待った。
CDを買ってくれて長だの列ができるのを待った。
しかし五分ほどでサイン会は終わった。
伝わらなかったのか?
喉の調子が悪いわけでもない、気持をおろそかにしたわけでもない。
妙に空を切っているような虚しさを覚えた。
僕は知らず知らずの内に贅沢になっている。
八代さんのコンサートで600枚の売れ行きを見せたところでやはり支えがなければダメなのだ。
川口で路上ライブを開始した頃は何も怖くなかった、人がいなくて当然なのだ。
今はどうだろう、人が「待ってました!」と叫ぶ中僕は歌い続けている。
恵まれすぎていたのだ。
音響や場所はインストアーということで最高のコンディション。
しかし裸になった僕は見ず知らずの場所で臆病になった。
初心とは「歌えるだけでもありがたい」という感謝の気持。
しかし今僕はライブの後CDがどれだけ売れたのかということで結果を判断している。
間違ったことだろうけれどやはり正直な結果なのだ。
「歌えるだけでも・・」と思いつつもやはり結果を残したい。
これは贅沢なのだろうか、それとも成長なのだろうか。
今回のインストアーライブ、僕は自分の実力の無さを見つめなおすことができた。
最後の苫小牧のライブを終え千歳空港行きのバスを待った。
夕日が長い影を伸ばす。
僕は縁石に座り、やりきれない悔しさと不安で行き交う車を眺めた。
「ダメだなぁ俺・・」
その時だった、後ろから急に声をかけられ振り向くと一人の少年が立っていた。
深く帽子をかぶって僕の目をじっと見ている。
「すごく良かったです・・歌」
僕は急の出来事に反応できずにいた。
「ラジオとかも聞いてました、慎太郎さんの為だけに今日ここ来たんです」
笑うこともせずに真剣に伝えようとする眼差しは僕の心を突き刺した。
「ありがとう・・ありがとうな・・」
僕は彼のことを抱きしめた。
溢れてくる涙を止めることができなかった。
彼の手を握り、額に押し当て何度も深く頭を下げた。
虚しさや寂しさが頬を伝い流れ落ちる。
人はたった一人のたった一言で救われることがある。
「北海道来てよかった・・よかった・・」
バスに乗り彼に手を振った。
昨日まで知りもしなかった他人同士が今、愛しみながら手を振っている。
これ以上の「歌う意味」があるだろうか。
しゃくりあげる喉を押さえ込み涙で曇る苫小牧の景色を眺めた。
「僕はどこへゆくんだろう・・」
夕日の中を突き進むバスは無口のまま僕を眠りへと運んでいった。