400枚の初心

手が震え始めてきた。
インクのシンナーの匂いは頭をクラクラさせる。
山積みになった色紙を見るたび気が重くなった。
僕は今日始めてサインを500枚書いた。
今度行われる「前橋ドーム」でのコンサート。
もちろん八代さんのコンサート。
しかしマネージャーもスタッフも燃えている。
「慎太郎のCDを500枚売るぞぉぉ!」
頭にハチマキこそしていないが、まるで受験戦争か学園紛争だ。
のべ1万人が見るこのコンサート。
燃えてくるのもわかる気がする。
「まだ400枚はあるな・・」
事務所のデスクに座りながらマジックを走らせる。
さまざまに変化して定まらないサイン。
心の表れ、心の乱れ。
その時ふと頭によぎったことがある。
「この手の痛み、夢にまで見てたことじゃないか?」
サインなど夢のまた夢のこと、あれは確か高校生。
ステージの上スポットライトを浴びて歓声の渦に悶える自分を夢見た。
「サインを山のように書きたい!」
なんだか僕はおごり高ぶってたようだ。
こんな幸せはないだろ?「サインで手が痛くなる」だよ。
人間は贅沢な生き物だ。
夢見てたことも経験してしまえば次の夢を見る。
全国を旅するコンサート、気づけば当たり前の気持で新幹線に乗る自分がいる。
初心を保つのは大変だ。
けど実践しなければと思う。
考えていくと「生きる」ってことにも初心があると思う。
「生きてるだけでも幸せだ」
当たり前すぎて笑われるかもしれない。
けどこれが大切なんじゃないかと思えてしかたない。
サイン500枚、残り400枚はぶれずに書けた。
心の表れ、心の定め。
唯一この世で誰もが損しない感情、それは「感謝」。
生きとし生けるものに頭を下げられる、そんな神様みたいになってみたい。
けど無理だから一生懸命謙虚にダメな自分を見つめていこう。
だから500枚売ろうとは思わず、100枚でいいと思おう。
いかんいかん!それとこれは話が別だ・・。
目指せ500枚完売!