初めてのリハーサル

スタジオ内は緊張感で張り詰めていた。
舞台監督、コンサートスタッフ、アレンジャー、そしてバンド。
計20人近くの人が真剣な顔で譜面とにらめっこしている。
今日、僕は八代亜紀さんのコンサートのリハーサルに参加してきた。
はじめマネージャーが僕を一人ひとりに紹介してくれた。
工藤慎太郎です、よろしくおねがいします」
お辞儀をしては次、お辞儀をしては次と数が多すぎるのと緊張で誰一人名前を覚えられなかった。
さっそく音出しが行われ、次々と各曲のチェックが済んでいく。
僕の出番は構成で言うど真ん中。
そう、亜紀さんのコンサートの途中に僕の出番は組み込まれているのだ。
「じゃっ慎太郎君お願いします」
僕はギターを爪弾き気持ちを集中する、そしていつも通り歌いだす。
「♪も〜しも〜僕が〜声をなくして〜も」
自分の曲「声をなくしても」がマイクを伝いスピーカーから広がる。
僕は目を閉じ、自分の声を感じた。
するとどうだろう、ゆっくり後ろからバイオリンの音が、いやピアノの音も、二番からはなんとバンド全体が演奏しはじめるではないか。
決してうるさすぎもせず、エモーショナルに僕の歌を盛り上げていく。
僕は感情的になり熱がこもる、するとバンドも熱くなっていく。
聴こえてきたのはアレンジされた「声をなくしても」だった。
歌い終わった後どうだろう、周りを見回せばマネージャーの目には涙が、そしてバンドの方々から拍手が。
「すっげーいいですね!」
僕ははちきれんばかりの笑顔でアレンジャーさんに叫ぶ。
後からマネージャーに聞いたが、バンドさんがリハーサルで演奏後拍手するなんて珍しいことなんだと教えられた。
「ありがとうございました」
僕はバンドの方々に深く頭をさげた。
そのとき僕の目からも涙が。
「こんな風に歌わせてもらって本当にありがたいです」
声にならない声がスタジオ内に響く。
出番は3曲、泣いてばかりもいられない、後の2曲の内一曲は亜紀さんとデュエットだ。
涙と鼻水を手で拭う。
そしたらどうしたことだろう、手のひらが真っ赤に染まっている。
なんとまた鼻血を出してしまったのだ。
笑い声が上がる。
「素直な自分でいいんだ」
僕はうれしかった、今までの自分を信じて歌えばプロにも伝わるんだと実感したからだ。
その後、亜紀さんがスタジオ入りし歌の合わせが始まった。
やはりバンドにも緊張が走る。
亜紀さんが歌い始めると空気が変わる。
彼女の声は深い、言葉にならないほど切なく胸を締め付ける。
「プロだ・・」
時間はあっという間に流れリハーサルは終わった。
書ききれないほどの初めての経験をして、プロとしての第一歩を実感した。
「夢のようだ」とはもう言ってられない。
もう動き始めてしまったのだ、進むしかない。
「がんばれよ」
帰り際、バンドの方々が言ってくれた言葉。
「がんばります」
僕は本当に幸せ者だ、この感謝を決して忘れないでおこう。