ファイティングポーズ

「慎太郎ハモれる?」
彼女と「竹田の子守唄」を歌った。
隣に座った彼女の唇。
その声は深く僕の胸を沈めた。
八代亜紀さんが僕の横で歌っている・・」
目を覚ませば自宅の天井じゃないかと思った初の箱根八代山荘訪問。
TVで何度となく見たその別荘は落ち着いた木の香りがした。
「慎太郎風呂でも入るか?」
社長の言葉に亜紀さんは「慎太郎は後からゆっくり一人で入ればいいじゃない」と制す。
そこで僕はとっさに答える「社長のエレファント見なきゃいけないですから・・」
冗談交じりで始まった別荘訪問。
しかし正直思った、ここは別荘ではなく彼女のアトリエなんだなと。
彼女は何時間も部屋にこもり絵を描いている。
ブルーに囲まれた犬や猫の絵を描いている。
僕は現実なのか夢の中なのかわからなくなる。
目をあければ自宅・・それが当然のようで不思議な気分だった。
「コンサートでいっしょに歌ってもいいわね」
彼女の無邪気な笑顔に僕は不思議と自然体になれた。
月曜から水曜の2泊3日の箱根小旅行は世界一周の旅より非現実的で、そして確かに生々しい夢の感触を感じた。
夜中の12時近くに始まった僕たち二人だけのミニコンサートは終わった。
「亜紀さん歌上手いですね・・」と、とんでもないことを口走りそうになりながらも精一杯楽しめた自分がいた。
夢と現実のはざ間で僕の歌は彼女にどう聴こえたのだろうか?
「最後は自分の歌を信じるしかないのよ」
彼女は僕の目を見て言った。
夢を見ているだけでは始まらない。
ここから先に進むには感謝の気持を忘れず現実を受け入れていくことだ。
「ありがとう神様、亜紀さんと出会わせてくれて。けれど神様、感謝ばかりじゃ進めません。この夢のような現実を受け止め、今の自分を倒すためファイティングポーズをとります。」
ゴールは次のスタート地点でしかない、そう思う。