自分の音楽

半月の間ずっと考えてた「自分の音楽とは?」
流行り廃りのない普遍的な歌をうたっていきたい。
そんなおおげさなことじゃなくていい。
爺ちゃんになっても歌えるような、そんな歌がうたいたい。
サウンドがどうのこうのじゃなく、ギター一本でも歌える歌がいい。
声とギターそこに心のちょっとした調味料。
僕の音楽は「削りの美学」だ。
味を足していくわけじゃなく、引いていくのだ。
シンプルであればシンプルなほど味わい深い。
そんな洒落た音楽がいい。
そうだ、僕は歌手である前に一人間でありたいと願っている。
音程が外れようとチューニングがあってなかろうとそこにその人の温もりがあれば音楽だ。
だからこそ人間を磨きたい。
温かい人間になりたい。
その温度で人を温めてあげたい。
音楽なんて娯楽だと割り切る奴がいる。
売れなければしかたがないと言い放つ奴もいる。
その一方で、音楽は心だと叫ぶ奴らがいる。
どっちも正解だと思う。
けれど僕は夢を見たいんだ。
現実がどうであろうと理想を追いかけていたい。
「心」が人間が作り上げた都合のいい言葉だっていいじゃないか。
「涙」が偽善者の言い訳だっていいじゃないか。
そこに「生まれてきて本当によかった」そう感じられる何かがあればいいと思う。
意味なんてなくていい。
僕は不器用に生きたい、そう思う。
行ったりきたり壁にぶつかりながら正しいと思った道を歩いていきたい。
人間らしく、純粋に。
僕は考える「自分の音楽とは?」
答えはない。
けれど答えを探し続けることが「答え」のように思う。
あがき続けよう。