心の汗

小雨の中を走る。
髪を濡らし、冷たい風が心地いい。
僕は体が軽かった。
さっき流した涙のおかげだろう。
「マラソン」
久しぶりに読むその本は僕の心をサッパリ洗い流してくれた。
ある方が「いい本だから」と僕にプレゼントしてくれたのだ。
最近たるんでいた僕の生活。
新曲のメロディーに乗せる詞が浮かばず自分の才能を呪っていた。
一つだった僕の心はダメな自分と理想の自分の二つに別れ、その摩擦がため息となった。
「ダメだー・・」
ギターを持って外に出た。
背中に感じる視線を無視してポロポロ適当に弾きながら駅まで歩いた。
その内小雨が降ってきた。
僕は少し濡れていたいと思った。
ギターに落ちる雫。
曇った空、駆け足の人、人、人。
ベンチに座り思いつくままにメロディーを空に飛ばしていく。
「何を僕は歌えばいい?」
らちもあかずバスに乗って僕は帰った。
煌々とてらす机のライト。
暗闇の中に浮かぶ不安。
デビューを目の前にして浮き彫りになっていく現実。
ギターは悲しそうに僕を見つめている。
「どうすりゃいいんだよ・・」
その時目に入った一冊の本。
「マラソン」
今映画化され噂になっている本だった。
気晴らし程度にページをめくる。
とたんに僕の意識はその本に吸い込まれていく。
走ることが好きな自閉症の青年とその母親。
「子供を育てる」という命のつばぜり合い。
「なぜうちの子だけが?」母親の葛藤。
「マラソン好きか?」
「好き」
青年の生きがい。
母親の涙、そして病。
ありふれた風景にちりばめられた人間の悲しさ、そして喜び。
僕の頬に涙が伝う。
激しく静かに僕の胸は高鳴った。
本を閉じると同時に僕はランニングウェアに着替えた。
「まずは走ろう」
心にあった不安は消え去り、その穴を埋めるかのように明日への希望がフツフツと沸いてくるのを感じた。
「八代さんが出てるわよー」
母親の声に振り向き、リビングルームに駆け込む。
そこにはテレビで歌う八代亜紀さんがいた。
画面に引きずり込まれるように彼女を見つめた。
「やっぱすげーや・・」
僕は思わず笑ってしまった。
諦めではない別の感情が僕にため息をつかせた。
ランニングシューズを履き、屈伸運動をする。
横切る車のヘッドライトが小雨を映す。
「さぁ行ってみるか」
ちっぽけな僕の悩みはさっきの心の汗がサッパリ洗い流してくれた。
世界にはまだまだ自分の知らない感動が沢山あるらしい。
僕は明日に向かい地面を蹴った。