友情物語(前半)

今、スタジオでサックスの増木さんと2時間たっぷり練習して帰ってきた。
彼のサックスが入ると僕の歌はグッと大人び、ライブにメリハリがつくのだ。
一緒にテレビにも出たし何回もライブを経験してきた。
今回は彼との出会いについて書こうかと思う
〜2004年9月〜
「今度この店でギターとサックスのライブがあるんだけど慎ちゃん来る?」
突然の声にビックリし振り向くとカウンター越しで笑う人がいた。
僕の行きつけのバー、キャナリーロウのマスターだった。
「えっマジですか?」
この店で僕以外の人がライブをやるなんて初耳だった。
「見たいです!」
空は雨模様。
ライブ当日僕はカウンターに座り小声でマスターに訊ねた。
「どの人達ですか?」
マスターの目線の先に彼らはいた。
ギターを肩にかけたヒョロヒョロの男と、サックスを首から提げボーっと突っ立ている男。
「大丈夫なのか!?」
心配してしまうほど普通の人達だった。
ミュージシャンによくある覇気というものをまったく感じさせないのだ。
おもわずマスターの目を見る。
彼は目を合わせない。
マスターがダメなら自分で判断するしかない。
経験からして演奏前の手際のよさや会話でプレイヤーの実力はだいたいわかるもんだ。
よーしってなもんで彼らを観察し耳を澄ました。
「じゃ、この曲の次はこれね」
彼らは今更ライブの曲順を相談していた。
「う〜ん微妙・・」
僕が飲み物を注文しようと思ったときギターの音が店内に響き、ライブが始まった。
サックスの低い音がそれを追い掛けるように響き渡った。
「けっこういいっすね」
胸を撫で下ろすようにマスターに呟く。
演奏は思ったより安定しているし、表現力も高かった。
彼らのライブは不器用なMCとともに進み、30分程でクライマックスへとさしかかった。
「えーここでサックスの増木さんが歌を歌います」
ギターの彼がゆっくり話す。
紹介されたサックスの増木という彼は椅子に座り深く深呼吸をしている。
ギターのイントロが流れる。
イーグルスの「デスペラード」だ。
「名曲中の名曲をこんな場所でしかもクライマックスに歌うなんて、もしや目茶苦茶上手いんじゃないのか!?」
僕は軽いあせりを感じながら、息を呑んだ。
店内が静まり返った。
「♪デスゥ〜ペラァード〜」
僕はビックリした。
驚くぐらいへたくそだったのだ。
歌詞カードを手に持ち、英語を棒読みで歌い始めた。
「あちゃ〜」
僕は手で目を覆った。
店がシーンと静まり返ったまま、中途半端な拍手と共に彼らの演奏は終了した。
僕はすぐさまマスターの目を見た。
目を合わせなかった。
「お疲れさまです」
僕はカウンターでビールを飲んでいる彼らに話しかけた。
「あの・・僕も歌やってるんですよ」
彼らはキョトンとしていた。
「あの、もしよかったら今度一緒にライブやりませんか?」
二人は顔を見合わせた。
「それにしてもとらえどころがない二人だな・・」
心の中で呟きながら名刺を交換する。
「路上ライブとか興味あります?」
僕が尋ねるとサックスの彼の目が光った。
「前から一度やってみたかったんだよね」
彼は答え少し笑った。
「じゃ今度の金曜日川口駅で会いましょう」
半ば強引な感じで路上ライブの約束を取り付け、彼らと握手した。
デスペラードだけはやめてね」
言えるはずもない言葉を胸に僕は店を出た。