友情物語(後半)

音楽は人をそのまま表す。
増木さんのサックスを聴いてそう感じる。
不器用で、そして素直で。
カッコつけた男らしさじゃなく、ありのままの男らしさが伝わってくる。
僕達は川口駅の路上にいた。
ギターケースを広げ、半分冷やかしの人達に囲まれながら歌とサックスとギターを思い思いに奏でていた。
「いいねぇ〜」
僕はジョークでなく本心で二人の演奏に感動していた。
特にサックスの増木さんの表情がよかった。
「ずっと路上ライブってやってみたかったんだよね」
彼はその言葉どおり実に気持よさそうに音を空に飛ばしていた。
前回とは比べ物にならないほどイイ演奏だった。
前日のバーでの演奏は緊張のせいか硬く、伝わってくるものがあまりなかった。
しかし今の二人はどうだろう、魚はピチピチと表現するがまさにそう「彼らはピチピチしてた!」
僕が歌い、交代し彼らがJAZZスタンダードを演奏するというパターンを2回ほど繰り返し路上ライブは終了した。
「今度一緒に演奏しよう!」
楽器をかたしている二人に後ろから声をかける。
「・・・」
彼らは少し笑い少し頷いただけだった。
「演奏はいいけど、はっきりしない奴らだなぁ・・」
彼らとはそれから、焼肉を食べに行ったり家に遊びに行ったり飲みに行ったりと会う回数が増えていった。
「隣の席の女の子ナンパしてみよっか?」
ある日焼肉屋で半分(いや半分以上)本気になって僕が二人にささやいた。
「・・・」
彼らは笑っているだけだ。
実際ナンパなんてしたこともないくせして僕は張り切っていた。
女の子がどーとかこーとかって話でなく、くだらない経験を通して友情を深めたかった。
宮崎駿監督の映画で一番好きなものは?」
こんな質問を紙に書き隣のテーブルの女の子達に無言で手渡した。
僕以外の二人は下を向きながらこっちの様子を伺っている。
女の子達から紙が返ってきた。
魔女の宅急便
「あー俺も好き好き!」
「・・・」
会話は僕の一人芝居であっけなく終わり、女の子達は席を立ち会計へ行ってしまった。
「ダメだったね」
僕は半笑いで二人の顔を見た。
正直僕は女の子達と何かあってもいいだろって期待がちょっとはあった。
いやちょっとどころではない、後半は本気だった。
しかし大きく花咲くはずだった宮崎駿監督トークは期待を大きく裏切り僕のテンションを90%奪い取った。
僕はそれを隠すように余計二人に笑い話をしたり音楽について語ったりした。
彼らはやはり少し笑い少し頷いた。
「テクニックがないからハートで演奏するしかないんだよね」
僕達は演奏を繰り返し、だんだん増木さんが僕の横でサックスを吹くというライブが増えていった。
「テクニックがないからハートで」
彼が最近言っていた言葉だ。
あの日焼肉屋で中途半端なリアクションをしていたのが同一人物だとは思えない発言だ。
彼は僕と出会ったとき「心ここにあらず」という感じだった。
しかしなぜだろう?今、彼の心が手に取るようにわかる。
信頼する気持。
言葉よりも物よりも分かり合える「音楽」というものを通して僕達は信頼を深め合ったのだ。
「友情」
どれくらい使ってなかった言葉だろう。
照れくささと懐かしさを持った言葉。
しかし確実に二人の間には友情があると思う。
だからこそ今も彼と演奏できるし、毎回楽しいのだ。
テクニックが上手い奴は腐るほどいるけれど、僕は増木さんのサックスがいい。
増木さんは世界に一人だ。
「心を込める」
心なんて幻想かもしれない、人間が作り出した単なる便利な言葉かもしれない。
けれど僕はそれを信じたい。
歌に心を込め続けたい。
今ここに増木さんはいないけれど、きっと彼も言うだろう「音楽はハートだよ」
バカなくらい不器用な二人が、バカなくらい純粋に音楽をやる。
それだけでいいじゃないか。
いつか僕達は離れ離れに演奏するようになるかもしれない、しかしまた「音楽って最高」と語り合い、どれだけ成長したかを探りあいながらスリリングな演奏をしてみたい。
そして何よりも胸を張って言い合いたい。
「やっぱ音楽はハートだよな」