缶コーヒーは世界を救う

優しさは伝わっていく。
今日駅のキオスクで不思議な体験をした。
「コーヒー好きですか?」
僕が路上ライブ前の腹ごしらえに菓子パンとお茶を買おうとしたときだった。
「え?」
「コーヒー飲まれます?」
キオスクのお姉さんが僕に話しかけてくるのだ。
「あっ・・はい飲みます」
彼女は裏口へ駆け込み、コーヒーを一缶僕に手渡した。
「秘密ですよ」
僕は菓子パンとお茶の代金だけ払い深く頭を下げた。
彼女は僕にコーヒーをプレゼントしてくれたのだ。
「ありがとうございます!」
実は彼女をまったく知らないわけではなかった。
僕が毎週路上ライブをやる場所の前にはキオスクがあり、その店員のお姉さんは嫌でも週一回僕の歌を聴かなければいけないのだ。
「いつもうるさくてすいません」
彼女はにっこり笑う。
「いえいえ」
しかしどんなに好きでも毎週聴かされてはたまったもんじゃない。
「本当に毎週すいません」
彼女はいつもと変わらぬ笑顔で手を横に振る。
「そんなことないですよ」
彼女はきっと毎日のように川口駅を通り過ぎてゆく人並みを眺めているのだろう。
普通の人なら気が狂ってしまう仕事だと思う。
どんなに心を込めたって買う人はムスっとした顔で小銭を放り投げていくだけだ。
この仕事を一番楽にこなすことは無機質に受け答えするロボットになることなんだと誰もが悟るだろう。
いちいち感情を入れてたら疲れるだけだ。
しかし彼女は違うのだ。
「ありがとうございましたー」
彼女から物を買うとなんだか元気になれる。
どうしてあんな笑顔で仕事ができるのだろう?
毎日同じ物の中で、毎日同じ景色の中で、毎日感情の無い顔を見ながらの仕事。
きっと僕なら弱音を吐くだろうし、すぐ辞めてしまうだろう。
「人を元気にしたい」
言葉にしなくても無意識に彼女はそれを実行している。
「人を元気にしたくて歌ってる」
まるで僕の歌の目標といっしょじゃないか。
職種は違ってもメッセージは同じなのだ。
「あなたを認めます」
彼女の心の声をコーヒーを手渡された瞬間聞いた気がした。
「先輩♪がんばるっす」
僕は言葉にならない感謝の気持を3枚の百円玉に込め手渡した。
彼女はにっこり笑いおつりをくれた。
僕の心はなんとも言えない優しさでいっぱいになった。
正直今日ライブ前は超ブルーだったのだ。
新曲の詞がどうもうまく書けず悩みまくっていた。
しかし!そんなことはどこ吹く風、コーヒー一缶で吹っ飛んでしまった。
「優しさは伝わる」
まるで体温のように優しさは人から人へ伝わっていく。
キオスクのお姉さんがくれた優しさ、僕は歌に込め伝えた。
今度は歌を聴いた人が誰かに優しさを伝えればいい。
そしていつか世界中にその優しさが伝わればいい。
だからこそ僕は今日も歌をうたい、キオスクのお姉さんは笑顔で働くのだ。
缶コーヒーは世界を救う。