彼女を初めて抱いた時

『楽器は生きている』そう思う。
僕のギターは「テイラーK-22-CE」という名前で、恋人でもあり家族でもあり、一生を共にする相棒でもある。
ハワイアンコアという特別な素材の木からできていて、もう2度と作れないギターなのだ。
彼女はその日によって表情を変える。
僕が冷たくすればふてくされるし、「今日もいい音だね」と言うと嬉しそうに歌いだす。
だから僕はいつでも彼女を喋りかけながら磨いてやる。
「一緒にがんばろうな」
彼女との出会いは5年前、僕がギターを探していた時「慎太郎にはテイラーがいいよ」と言われ、メイカーの方を紹介していただいた。
ギターが山のように眠っている倉庫に案内され、何本か見せてもらった。
♪ジャーン
とんでもなくいい音がした。
僕の今まで使っていた数万円のギターがおもちゃのように思えた。
すぐさま値段を聴いた。
「○○万円だよ」
「え!?」
僕の何ヶ月分の給料がぶっ飛ぶ値段だった。
「ちなみに一番高いギターってどんな音ですか?」
僕は冗談半分に言ってみた。
イカーの方が奥から茶色のギターを出してきた。
慎重に手渡され、僕は緊張しながら弾いてみた。
♪シャラ〜ン
なんじゃこりゃー!!??
僕は思わず笑ってしまった。
イカーの方も笑っていた。
僕は一瞬でそのギターに恋してしまったのだ。
音の深みが他のギターとぜんぜん違っていた。
「いくらですか?」
恐る恐る聞いた。
「○○万円だよ」
・・・へ?
僕は一瞬聞き間違えたかと思った。
僕の数か月分の給料と貯金を足しても追いつかない値段だったのだ。
しかし欲しかった、こいつと一緒に歌ってみたかった。
「少し安くならないですか!?」
僕は真剣な顔でたずねた。
イカーの人が腕組しながら考え始め、数分後こうつぶやいた。
「しょうがねーな、じゃぁ○○万でいいよ。」
僕の目が輝いた。
「ちょっと待っててください!」
銀行のATMに走り、預かり金82円だけ残し全貯金を下ろした。
今まで払ったことのないお金をメイカーの方に渡した。
しかし決して高い買い物をしたとは思わなかった。
僕は「大事にします」と一言だけ言ってギターケースを握り締めた。
それからというもの、どこへ行くにも彼女と一緒だった。
もう5年の付き合いになる。
僕の力だけでは乗り越えられなかった壁も彼女とは乗り越えられた。
『楽器は生きている』僕はそう思う。
人との出会いがあるように楽器とも出会いがある。
この出会いを大切にしたい。
彼女との旅はまだまだ続く。