夏の魔法

音楽を始めたきっかけは?とよく聞かれる。
子供の頃から歌っていたのできっかけもクソもないが、一つ大きな分岐点になった出来事がある。
僕が小学校だった頃、ファミコンをやりに友達の岩田君の家に入り浸っていた。
ある日ファミコンに飽きた僕達はテレビのチャンネルをひねって面白そうな番組を探していた。
「なんもやってないね」
岩田君が言ったすぐ後、テレビが二人組みの歌手の姿を映し、僕の知らない歌をうたい始めた。
「片っ方の人ぜんぜん歌ってないじゃん」
「なにこれ〜」
二人は大笑いしながらテレビに映る歌手を見ていた。
外では太陽がジリジリと地面を焼き、セミが耳をふさぎたくなる程鳴いていた。
汗で背中とTシャツがくっつき、次から次に汗が噴出してくる。
夏のド真ん中。
いつの間にか僕達は黙りこんでテレビを見ていた。
扇風機の音とテレビの音しか聴こえない。
夏が一瞬止まった。
世界中が息を潜め、僕の景色がゆがんだ。
あれ!?本当におかしい、ぼやけてきた、見えない。
僕は立ち上がり隣の部屋に駆け込んだ。
角に突っ立って嗚咽しながら泣いた。
岩田君にばれないよう静かに泣いた。
自分がおかしくなったと思った。
なんでもないのに涙が次から次にこぼれてくるのだ。
僕は感動していた。
生まれて初めて「歌」で泣いていた。
テレビに出ている名前も知らない歌手に泣かされてしまったのだ。
僕は胸に熱いものがあるのに気付いた。
それはマグマのように噴出し、涙とともに溢れてくる。
「歌いたい、歌いたい、歌いたい」
心が叫んでいた。
将来の夢ではなく、何か定めのようなものが雷になって僕の頭に落ちた。
「僕は歌手になる」
目の涙は止まり、いつの間にか握っていた拳を緩めた。
夏はまたせわしなく大きな音を立てながら動き始めた。
その時僕の歌の第一歩が始まった。
鮮明に覚えている。
あの日ほど不思議な日はなかった。
自分ではない自分が叫ぶのだ。
「歌いたい、歌いたい」と。
いまだにあれは何だったのかわからないが、「歌」のパワーを始めて感じた瞬間だった。
次の日からテレビに映っていた歌手のCDを朝から晩まで聴くようになり、布団をかぶりながら大声で歌っていた。
母親は気が狂ったかと思いあきれて笑っていた。
僕が今でも歌っているのは、あの夏の歌の魔法がまだ解けないでいるからだ。
誰にも解けない、不思議な魔法。
人を幸せにし、泣いてる人の涙を乾かし、地獄さえも天国にしてしまうその力。
彼らは言っていた。
魔法にかかりたい奴は迷わずこう言うんだ。
「SAY YES!」