暴走タクシー

車が人を轢きそうになる。
鳴り響くクラクション。
青ざめる僕らをよそにタクシーは暴走を続けた。
「運転手さん、ラジオ局まで急ぎでお願いします」
大阪、京都とデビュー曲「シェフ」のキャンペーン。
僕達は大忙しのスケジュールの中、ハンバーガーを口に詰め込み歩いた。
押される時間、時計と睨めっこの戦争。
黒塗りのタクシーが停まる。
図体でかい白髪のオッサン。
「今日は混んどりますなぁ」
京都タワーを見上げながら運転手の独り言を聞き流していた。
助手席のスタッフが突っつく。
「まずいなぁ・・急ぎめでお願いします」
渋滞で車はピクリともしない。
それでもスタッフが突っつく。
「本当にやばいなぁ・・間に合わないよ」
車は一㍉も動かない。
京都の町並み、流れる雲。
そのとき、オッサンが叫んだ。
「趣味で走っとんやない、命かけて走っとんのや」
渋滞のゴボウ抜き、クラクションの嵐、細い路地での時速百キロ。
突然始まったカースタント。
人をスレスレにかすめていく。
気づけば一方通行も逆走中、信号無視も当たり前。
さっき食べたハンバーガーは首元まで出かかった。
「こっちは命かけとんねん」
恐怖心の中に僕はその運転手に対し尊敬の念を抱き始めているのに気づく。
後部座席から見るオッサンの頭、揺れる頭。
僕らを目的地へ定刻に運ぶだけに命をはってくれている。
胸が熱くなる。
「これ受け取ってください」
僕はラジオ局へ付くなり運転手さんに五千円手渡した。
プロの仕事へのせめてもの心だった。
はっきり言って暴走タクシー以外の何物でもない。
しかしプロの仕事はこなした。
揺れる白髪の後頭部を見つめながら僕は「プロ」というものについて考えた。
「命かけとんねん!」
たった二千円の距離の中、僕は大きなことを学んだ。