しょっぱい水

ライブ後の控え室、暗闇の中灯る数本のロウソク。
6畳ほどの部屋の中、8人の大人が肩寄せ合いその光を見つめていた。
「♪ハッピーバースデー慎太郎」
溢れくる感激、一気に吐き出すようにケーキの上の灯を思い切り吹き消した。
巻き起こる拍手。
途中で涙が出てしっかり歌えなかった数分前のライブ。
「なんで俺泣くんだろう?」
あわやプロ失格!?と思ったステージ。
音程なんて波打つようにフラついて歌になってなかった。
「どうして俺泣いたんだろう?」
くわえるハーモニカの向こう、スポットライトが煌々と僕を照らす。
客席など一切見えない、しかしそこにはスクリーンのように何人もの人の顔が浮かんでは消え、思い出の琴線を駆け巡っていく。
今までの緊張から解き放たれ、歌える喜びが心を満たす。
そこには音符や歌詞などない、「声」という名の叫びだけが残る。
もうそうなればコントロール不能、涙がでようが鼻水がでようが関係ない。
全身全霊をかけて歌うしかないのだ。
「おめでとう慎太郎‥歌よかったよ」
部屋の明かりをつけ、ミネラルウォーターを紙コップに注ぎ乾杯した。
少ししょっぱいあの水の味を僕は一生忘れない。