覚悟の街

潮の香りをはらんだ生ぬるい風。
ヘッドライトを点しながら、来ない客をタクシーの長い列が待ち続けている。
鹿児島サンロイヤルホテル11階。
繁華街ではないのだろう、僕はコンサートを終えベランダからちっとも冴えない夜景を眺めていた。
昨日最後を迎えた路上ライヴ、そして始まったばかりの八代さんとのコンサート。
大きな人生の分岐点。
僕は本当にプロ歌手になるのだろうか?
本当にデビューをするのだろうか?
頬っぺたを何度つねったってこの夜景は変わらず闇を照らし続ける。
「夢は目標地点にすぎない」
最近思うが、夢は叶えるものではなく近づくものかもしれない。
通り過ぎたのかまだなのかあんがい曖昧で、つかみどころがない。
「ご飯たべよー」
ガラスごしにスタッフが呼んでいる。
浸る暇などない。
半月前の自分が今の自分を想像できなかったように、今の自分には想像できない未来が僕を待っている。
「はーい」
遅くなった返事をしてベランダ用スリッパを脱ぐ。
振り返りもう一度見た鹿児島の夜景。
静かに覚悟を抱えているようで、少しだけ好きになれた。