母親の声

静かな夜だ。
家の前を車が走り抜ける音さえ心地いい。
長い夏が終わり、秋が訪れる予感。
季節の変わり目は気持ちが切ない。
「怖いよ・・」
秋の夕暮れを思い出す。
一人ひざを抱えながら僕は母親の帰りを待っていた。
窓辺、落ちる夕日の赤。
突然この世界が終わってしまうような、そんな不安に怯えた。
永遠とも思える悲しい時間。
「ただいま」
母親の声。
僕は玄関に走る。
伸びる影が母親を呑みこんでしまわぬよう必死に抱きついた。
母親が持つビニール袋が揺れて音を立てる。
「怖いよ・・」
母親の困った声を聞きながら僕は夕日の恐怖を紛らした。
子供の頃もそして今も、僕は秋の夕暮れが苦手だ。
人間にはどうしようもない大きな力が世界を呑み込んでしまう、そんな錯覚を覚えるのだ。
「どうしたのぉ?」
こんな静かな秋の夜はあの日のように母親の声に甘えたくなる。