失敗は成功のもと

ガチャーン!
大きな音が響いた。
自転車の下でもだえ苦しむ青年。
「痛ってー・・」
人目を恥ずかしがりながら起き上がり何事もなかったように走り出す。
目標の地点まであと5キロ、雲行きは怪しいがなんとか持ちこたえそうだ。
僕は今、昨日届いたばかりの自転車にまたがり環状7号線を突っ走っている。
紅白歌合戦が目標なんで、カラーは赤と白でお願いします」
生まれて初めて買う競技用自転車は、軽く軽自動車が買える額だった。
オーダーしてからまる一ヶ月、それは届いた。
パーツはすべてカーボン素材、タイヤは細く銀に輝いている。
「かっちょいー!!」
ついつい抱きしめたくなるようなそいつは紅白の洋服を身にまとい、じっと黙って僕を見ていた。
今年僕はトライアスロン完走の目標を急遽掲げ、理由もわからずそいつに挑もうとしている。
「バッカじゃねーの」と言っていたスポーツに自分が挑戦するとは思ってもみなかった。
すべては出会いだ。
今年、峰岸徹さんと出会っていなければ今の自分はいない。
そしてこの自転車にまたがり環状7号線を走っている自分はいなかった。
一秒先の自分を誰が知ることができるだろう?
僕はこの自転車で転んだとき初めてこいつと話ができた気がした。
「お前の意思どおりにいってやるもんですか!」
競技用自転車は普通の自転車と違い、ペダルと靴がガッチリとくっつく。
一度はめたら自由が利かなくなり、自転車と体は一身同体となるのだ。
人が飛び出してきた。
僕はとっさの出来事に反応しきれない。
ペダルは靴にくっついたままだ。
「うわっ!」
叫んだとたん僕の体はコンクリートに打ち付けられた。
人目が一点に集中する。
「絶対一度はころぶもんだよ」
自転車屋のオーナーは笑いながら言っていた。
僕は起き上がり自転車の異常を確かめる。
幸い怪我も故障もなさそうだった。
「絶対一度はころぶもんだよ」
人も物も一度はぶつかり合うものなのかもしれない。
自転車だって生き物だ、人間と同じように自分の主張をしてくる。
僕がすべて操ってると思えば大間違い。
相手の言うことも聞きながらバランスよくお互いやっていかなければいけない。
「失敗は成功のもと」
音楽同様、自転車からも沢山の「大切なこと」を教われそうだ。