母親のポツダム宣言

「慎太郎ギター弾いてるの?」
ノックもせず突然ドアを開ける母親。
「何?」
ぶっきらぼうな僕を無視して彼女は言った。
「ちょっと歌ってくれる?」
リビングルームには二人の知らないお客がいた。
「どうも」
プラスティックのような貼り付けられた笑顔。
僕は即座に感付いた。
1、まず世間話がてら母親が僕の音楽の話を彼らにしたらしい。
2、しかし彼らが「どうせそんな上手くないんでしょ」というような態度をとったらしい。
3、一旦言い出したら止まらない母親、「そいじゃあいっちょ聴いてごらんよ」といった無言の挑戦状を叩きつけたらしい。
4、そして僕は銃の代わりにギターを持たされ、そんな戦闘地域に送られたらしい。
「一曲弾いて聴かせてよ」
笑顔の裏にある母親の意地。
僕は息子としての役目を果たすべくギターを爪弾いた。
母親の意地は僕の意地でもある。
「やっちまえ慎太郎!」
「まっかせとけぇ!」
機関銃を乱射するかのように敵地に僕の歌声を打ち込んでやった。
敵は固まって動かない。
母親は余裕を示すかのように紅茶を入れている。
榴弾を最後に投げ込み戦闘は終わった。
「・・・」
彼らはあっけにとられた顔をして母親を見た。
彼女は笑顔で紅茶を彼らにさしだした。
それが母親のポツダム宣言だった。
「鳥肌が立っちゃった」
お客の一人がつぶやく。
僕は無言で席を立ち自分の部屋に戻った。
リビングルームから母親の大きな笑い声が聞こえる。
「勝った」
ただの意地の張り合いから始まった母親VS客人の争い。
慎太郎というアトミックボムに変な自信を持つ母親、そして「歌うまい奴なんていっぱいいますよ」と無言の圧力をかけた客人。
こんなどうしようもない戦闘も負ければ痛い。
母親のつまらない意地も僕にとっちゃバカらしいけどありがたい、そして暖かい。
「なんだ母親も応援してくれてんだな」
歌の上手さをひけらかすようなバカにはなりたくない、けれどプライドを守るためには「どうだ!」と押さえ込むぐらいに自分の力を見せつけることも時には必要なんじゃないだろうか。
そこに心さえ忘れなければきっと、戦闘の後の荒れ果てた土地にも花が咲く気がする。