紙一重

沢山のことが加速的に動き始めている。
自分の知らないところで「工藤慎太郎」が聴かれ、判断されている。
迫り来る目に見えない壁。
ワクワクと足の震えが同時進行。
「くぅ〜たまんない」
子供の頃のことを思い出す。
あれは小学校の歌の発表会。
周りを見渡せば皆、青ざめた顔をしている。
「なんで?」
僕はワクワクして一人ニコニコしていた。
幕が上がる。
沢山の拍手と歓声。
背筋を伸ばした友達。
足をムズムズ動かす友達。
皆まっすぐ前を見て僕と目を合わそうとしない。
ピアノの旋律。
緊張感が僕をトリコにする。
体中のアドレナリンが分泌され顔がはちきれんばかりの笑顔になる。
「歌うぞぉぉぉ!」
僕の声は体育館中に響き渡り、親たちの目が一点に注がれる。
運動も勉強もできない僕がひとつだけ胸を張ってできることがあった。
『歌うこと』
演奏終了後、僕の母親は友達の親に何度も聞かれたという。
「どうして慎ちゃんはあんなにニコニコして歌っているの?」
緊張と快感は紙一重だ。
今、僕の本当の幕は上がろうとしている。
目を閉じれば聞こえてくる拍手と歓声。
僕は今どんな顔をしている?